或る日、学年試験の休みの時間、 多くの者は次の試験のノートを読み耽つてゐた。 だが彼だけはバツトを燻らしながら窓から外を眺めてゐた。 その時私は彼の相貌をつくづくと見た。 何と驚くべき貌ではないか。 見れば見るほど私の視線はひきつけられ、 心が軽やかに躍り出し、 私の眼から不可思議な涙が流れて来た。
(横光利一 「富ノ澤麟太郎」より)